FC2ブログ

建てては崩す日々

思ったことや心にもないことをボンヤリ綴る日記です。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

雲を掴め!

 今日も今日とて嫌な感じの事件がニュースを彩ってますな。なもんでついつい殺人について思考してしまいました。

 昔から思っていたのですが、殺人ってその重大さに対して行為そのものの難易度が低すぎるんですよね。
 例えば、ホームランを打つには技術と筋力が必要です。とても素人じゃ打てません。しかし、殺人は相手を選ばなければ誰にだって、幼児にだってできます。なんたって、それなりの重量、もしくは鋭角を急所に叩きつけるだけですからね。家族や電車内で寝ている人を狙えば簡単です。
 無論、殺人が簡単なのは行為そのものであって、隠ぺいは難しいし、そもそも普通は殺人に拒否感を持つものです。が、少なくともホームランに比べれば、やりたいと思った時簡単にやれてしまうのは間違いありません。
 いや~、恐ろしいですよね。ホームランを打ったところで、ピッチャーの人生は終わらないわけですよ。というか、たった一本のホームランじゃ球団すらクビになりません。でも、殺人だと終わってしまう。行為の難易度と結果が釣り合ってないです。
 で、僕は思ったわけです。殺人の難易度があがれば、きっと世の中はもっと幸せになるんじゃないのか、と。
 有史以来個人レベルにおいて、常に攻撃力は防御力より優位でした。この関係を崩せれば、殺人の難易度ははね上がるはずです。
 とはいえ、ことは高性能な防護服を発明すればいいなどという単純なもんではありません。
 確かに、拳銃程度の攻撃力を無効化できる薄手で安価な防護服が実用化されたら、現時点では飛躍的に殺人事件は減るでしょう。しかし、当然武器の性能も進化します。つまり、しばらくすれば元の木阿弥。
 大切なのは、このいたちごっこを終わらせる理論なのです。
 ん~、僕が思うに、この理論を完成させられればノーベル賞確実でしょうね。
 多分無理ですが。
スポンサーサイト

持論 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<でも、やっぱあのラストシーンは笑えてしまいます。 | HOME | カミサマ>>

この記事のコメント

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。