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建てては崩す日々

思ったことや心にもないことをボンヤリ綴る日記です。

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デバイスの影響

 近頃リハビリ中です。何のリハビリかというと、マイ文体のリハビリです。
 この我が家にはネット環境ないもんで当然このブログは携帯から書いてるわけですが、入力のしづらさや少ない表示文字数という縛りの影響をノートパソコンでの文章入力時に引きずってしまって、文体ズタボロです。
 おかげで怪我の功名といいますか、ケータイ小説が独特の文体をしてる原因を垣間見たように思います。
 同じ長さの文章を書くのにも携帯じゃパソコンの数倍以上の数時間がかかるし、読み返しにも手間取る。そんな窮屈なデバイスで濃密な描写なんて出来るわけありません。
 そんな携帯をメインデバイスとして成長した作家の文体は携帯の窮屈さの影響を色濃く残すのは間違いないでしょう。
 おまけにですね、携帯で書かれた文章ってパソコンで書かれた文章よりも携帯で読むぶんには大変読みやすいんですよ。最近では携帯でも書籍として出版された小説を読めますが、そういう作品はケータイの表示文字数なんて考慮してませんから携帯を意識しているケータイ小説の方が読みやすいのは当然なのかも知れませんね。
 人が文章を読む時って、一文字一文字を読むのではなくて一文ずつ読んでいくんですよ。でもって人間の記憶能力ってわりと貧弱なんで、常に前の文章を振り返らないといけない。それって書籍やパソコンの画面なら視界をずらすだけで済みますが、携帯の画面だと表示文字数が少ないのでいちいち画面をスクロールさせないといけない。それもパソコンのようにスピーディーなスクロールではなくトロトロしたスクロールを。
 それってかなりのストレスになります。
 ストレスを与えるような文章を誰が好き好んで読むのでしょうか。誰も読みたがりませんよね、普通。
 誰かに読んでもらえる文章にするにはそれストレスをなくさないといけないわけですが、携帯というデバイスの窮屈さはどうにもなりませんから、そうなると文体そのものを変えないといけません。出来るだけ短い描写を削った文体へと。

 まぁケータイ小説を書いてる人たちがこんなこと考えてるかどうかはリサーチしたわけでもないですから知りませんが、ケータイ小説の文体を携帯というデバイスの面から考えた場合、この説はそう外れてない気がします。
 ケータイ小説ってのは従来の原稿用紙、つまり紙から始まった小説とは発生点からして決定的に違うと思うんです。
 ケータイ小説って、結局のところケータイメールの直系じゃないですか。
 携帯というデバイス自体が文章執筆という点においてそもそも短いケータイメールを打つことを想定してるんです。短文のメール入力に特化した形式のワープロソフトとデバイスを使っている以上はそう考えた方が無難です。
 こういうと、既存の小説だって手紙やハガキから発展してるじゃないか、などと反論されそうですが、ケータイメールは手紙やハガキとは殆んど別物ですよ。
 手紙やハガキは相手に届くまでにどうしても時間がかかりますよね。時間がかかるということは書く内容に影響を与えます。些細なことや、近日中に済ましたい用事は書けませんからね。
 でもケータイメールだと届くのに大して時間はかからない。すると書く内容も些細なことや、近日中に済ましたい用事といった手紙やハガキでは書かない内容になるわけです。
 書く内容が異なれば、文体にだって影響を与えます。友人と翌日遊ぶ約束をするのに畏まるなんざ可笑しいですからね。
 そういう気軽さが、ケータイ小説の文体に影響を与えているのも間違いないと思います。
 デバイスや、発生点とその性質が違うんですから、一般小説とケータイ小説って似て非なるものなのかも知れませんね。
 この辺りのことを踏まえた上でケータイ小説というジャンルを分析していけば、何か面白いこと発見がありそうな気がします。
 けどまぁ、基本的にケータイ小説は僕の望む場所ではないので、今日はこの位で勘弁してつかぁさい。
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